食卓のひとことを、橋にのせよう

食べる前に「いただきます」。このひとことを、まだ日本語を知らない友だちに伝えるとしたら、どうしますか? ここでは、友だちと食卓を囲む架空のお話で考えます。
辞書で似たことばを探すのもひとつの方法。でも「この場面で、何を伝えたいの?」と考えると、候補はひとつではありません。挿絵の食卓を見てください。料理の向こうには、作った人や、一緒に食べる人もいると想像できますね。
ことばの形と、することを分けてみる
別の言語で伝えることを、翻訳(ほんやく)といいます。文字の形だけを並べかえる作業ではありません。話している人、聞く人、場面を考えながら表現を選びます。
このお話で「作ってくれてありがとう」を特に伝えたいなら、英語の Thank you for making this meal. を候補にできます。「さあ、一緒に食べよう」と声をかけたいなら、Let’s eat. が候補になります。どちらも、この場面で何を伝えるかを考えた例です。「いただきます」の意味が全部同じになる、と決めた訳ではありません。
下の図で、同じ食卓から出たふたつの候補を比べよう。選んだ表現によって、目立つことが少し変わります。
同じ食卓、目立たせることは?
- 感謝を前に
Thank you for making this meal.:料理を作ってくれたことへの感謝を伝える。
- 声かけを前に
Let’s eat.:一緒に食べ始めようと誘う。
- 習慣を紹介
Itadakimasu.:音を残し、食前のあいさつと補足する。
お話の中では、音を残す方法もある

日本の食卓を舞台にした物語なら、Itadakimasu. と音を残して、あとに「食べる前のあいさつ」と説明を付ける方法もあります。読む人が知らなかった習慣に出会えるからです。
ただし、知らないことばや長い説明ばかりだと、物語の流れは止まりやすくなります。短い会話にしたいのか、習慣も知ってほしいのか。目的によって工夫は変わります。挿絵では、食卓のことばを本の中の読者へ届けようとしています。
好きに変えてよい、わけではない
訳がいくつも考えられても、元の話にない約束や気持ちを勝手に足してよいわけではありません。「だれに、何を、どう伝えたいのか」を確かめ、元のことばと選んだ訳を行ったり来たりします。
翻訳者へのインタビューでも、元の文章で何が大切かを読み取り、何を残すか選ぶ仕事が語られています。ひとつの考え方を、すべての翻訳の決まりとするのではなく、工夫の理由を見る手がかりにしましょう。
次の図の順にたどってみよう。訳の長さだけでなく、伝わることと伝わりにくくなることを比べられます。
訳を選ぶ、三つの確認
- 場面を確かめる
だれが、だれに、いつ言った?
- それから目的を決める
感謝・声かけ・習慣のどれを伝える?
- 行ったり来たり候補を比べる
残せることと、補足したいことは?
「同じ意味?」の前に、場面を聞こう
別のことばを話す人に会っても、国や言語だけでその人の習慣を決めないようにしましょう。同じ言語を話す人でも、食卓のあいさつや気持ちの表し方はちがいます。
訳をひとつ覚えるだけでなく、「どんなときに使うの?」と聞いてみる。翻訳は、ことばとことばの間だけでなく、人と人の間にも橋をかける仕事なのです。
くらべると、何が見える?
次の表は、この記事のために作った例です。
| 注目すること | たとえば | 考える手がかり |
|---|---|---|
| 感謝を伝える | Thank you for making this meal. | このお話では、作ってくれた人への感謝が目立つ。食べ始める合図とは同じでない。 |
| 食べ始める声かけ | Let’s eat. | 一緒に食べようと誘える。感謝の意味はこれだけでは伝えにくい。 |
| 音を残して説明する | Itadakimasu. と補足する | 習慣も紹介できる。説明が増えると会話の速さは変わる。 |
ことばの小さな辞典
- 翻訳
- ある言語の文章やことばを、別の言語で伝えること。場面や表現の働きも考えます。
- 目的
- そのことばで何を伝えたいか、どんな役に立てたいかということ。
紙とえんぴつで、やってみよう
答えを送信する必要はありません。自分のノートに書いて、おうちの人と話してみてね。
- 「いただきます」を知らない人へ、まず日本語で場面を説明しよう。
- 感謝・食べ始めの声かけ・習慣の紹介のうち、何を目立たせるか決めよう。
- その方法だと伝わりにくいことをひとつ挙げよう。

じぶんの考えを見つけよう
考えてみよう!
短い漫画のせりふなら、音を残して長く説明する方法はいつもよさそう?
考えるヒントを見る
ふきだしの広さや会話の速さも考えよう。短い訳を選び、最後のページに説明を付ける工夫もできます。何を残し、どこで補うかが考えどころです。
参考資料・さらに読む
おうちの方へ:お話のもとになった考え方を調べるための資料です(英語の資料を含みます)。身近な例や「考えてみよう」は、このサイトで作りました。
翻訳が解釈を伴い、何を残すか選ぶ仕事だという視点はBritish Council掲載の翻訳者インタビューを参照しました。食卓の場面、英語の候補を比べる活動、図は本サイト独自の説明で、資料の直訳ではありません。
内容の誤りや出典についてのご指摘は、訂正窓口へお寄せください。


