作品の修復と保存

古い絵のよごれは、消していいの?

明るくしたい。でも、絵まで消えたら? 美術館の修復から、「残す」ための選び方を考えます。

この記事で考えること:見え方を変える前に、何が重なり、何を残したいのかを調べよう。

きれいにすれば、よいこと?

くすんだ架空の風景画を見て、何が表面にあるのか考えるマスコット。実際の修復現場を写したものではありません。
くすんだ架空の風景画を見て、何が表面にあるのか考えるマスコット。実際の修復現場を写したものではありません。

美術館で、少しくすんだ絵を見つけました。「ふいたら、もっと明るくなるかな?」。そう思っても、ちょっと待って。くすんで見えるものが何なのか、まだわかりません。

上の挿絵は、考えるために作った美術館の場面です。古い絵には、表面のほこりだけでなく、変色した塗り物、絵の具そのもの、以前の人が直した部分などが重なっていることがあります。暗い色が、描いた人の選んだ色かもしれません。

机のよごれをふくのと、絵を残すための手入れは同じではありません。何を取り、何を残すかを間違えると、大切な表現まで失うおそれがあるのです。

表面の下には、何がある?

絵の表面を守ったり、つやを出したりする塗り物に「ワニス」があります。ワニスは時間がたつと変色することがあり、絵の色を見えにくくする場合があります。ただし、すべての絵に、同じ材料が同じ順番で重なっているわけではありません。

下の図は、絵を横から見たつもりで作った、架空の重なりです。上の層を取れば下が見えやすくなりそう。でも、絵の具にまで影響しないか、何でできた層なのかを調べる必要があります。

イギリスのナショナル・ギャラリーでは、作品の材料や層のつくりを、顕微鏡や小さな試料の分析などで調べています。目で見ることに加え、科学の道具も使って判断の手がかりを集めるのです。

くすんで見えるのは、どの層?

  1. 表面の付着物

    ほこりなど。何が付いているか調べる。

  2. 変色したワニス

    後から塗られた層か、作者のものかも手がかりに。

  3. 絵の具の層

    残したい線や色。上の層を取るときも傷めないように。

  4. 支えになる布や板

    表面だけでなく、支えの傷みも確認。

架空の絵の重なりを横から見た模式図です。厚さは実際の比率ではなく、すべての作品がこの順番とも限りません。ワニスだけを取りたくても、絵の具への影響を確かめます。

全部を同じ明るさに、しなくてもよい

実際の例をひとつ見てみましょう。ナショナル・ギャラリーは、ローザ・ボヌールの絵『馬市』の修復で、表面に後から加わった、変色したワックスとワニスの層を調べて取り除きました。

ただし、作品のどの場所も同じように処置できたわけではありません。美術館の担当者による説明では、使う液に影響されやすい色の部分もあり、すべてを同じ程度に洗浄することはできませんでした。

ここで大切なのは「明るいほうが勝ち」という考え方にしないことです。見えやすさをよくする目的があっても、残したい絵の具を傷つけないかを考える。場所によって手入れの程度を変える判断もあるのですね。

残すために、変える。変えずに守る

作品に手を加える前の記録を、専門家と一緒に確かめるマスコット。考えるために作った美術館の場面です。
作品に手を加える前の記録を、専門家と一緒に確かめるマスコット。考えるために作った美術館の場面です。

傷みを手当てして作品を伝える仕事を「修復(しゅうふく)」といいます。作品を守る仕事には、手を加えることだけでなく、光や温度、湿度などの環境を整えることも含まれます。見た目が変わらない工夫も、未来へ残す助けになります。

下の図では、まず調べることから、記録を残すことまでの流れをくらべてみましょう。実際の手順は作品によって違いますが、いきなり消すのではなく、目的と影響を確かめることが大切です。

何を、なぜ変えたかという記録は、次に作品を調べる人の手がかりになります。「昔の姿を完全に取り戻した」と簡単に言い切ることもできません。昔の材料や状態に、まだわからない点が残るからです。

「消す」の前と後にある仕事

  1. 調べる

    材料・状態・以前の処置の記録を見る。

  2. 手がかりを集めて
    相談して選ぶ

    見やすさと、残す材料への影響を考える。

  3. 目的を確かめて
    守る・手当てする

    作品に合った方法を専門家が選ぶ。

  4. 前後の状態も残して
    記録して伝える

    何を変えたか、後の人にもわかるように。

保存・修復を考えるための簡略図です。調査や相談は途中でも繰り返します。処置する場合だけでなく、手を加えず環境を整える選択もあります。

あなたなら、何を聞きたい?

もし古い絵が前より明るく展示されていたら、何を知りたいですか。「何を取ったの?」「どんなふうに調べたの?」「前の姿の記録はある?」。作品だけでなく、残すための判断にも目を向けられます。

今日の練習は、本物の作品をふくことではありません。自分で描いた簡単な絵を見ながら、「どの線や色を、未来の人にも見てほしい?」と考えてみましょう。持ち主の許可なく、大切な絵や古い物に手を加えないでください。

見やすくすることと、残すこと。両方を大切にしたいとき、まず何を確かめるか。その問いは、美術館の外でも役に立ちそうです。

くらべると、何が見える?

次の表は、この記事のために作った例です。

作品の修復と保存をくらべる
注目することたとえば考える手がかり
見やすさくすみの原因を調べる色を見せたいからと、何でも取り除くわけにはいかない。
作品の材料絵の具に影響がないか調べる同じ絵でも場所によって材料の性質が違うことがある。
未来への手がかり処置の前後を記録する後の人が、どんな判断をしたか確かめられるようにする。

ことばの小さな辞典

ワニス
絵の表面を守ったり、つやを出したりする塗り物。種類や状態によって性質が違います。
修復
作品の傷みなどを手当てして伝える仕事。作り直して新品のようにすることとは限りません。
保存
作品が傷みにくいように守り、未来へ伝えること。環境を整える工夫もあります。

紙とえんぴつで、やってみよう

答えを送信する必要はありません。自分のノートに書いて、おうちの人と話してみてね。

  1. 自分で小さな景色の絵を描こう。本物の古い作品は使いません。
  2. 残したい線・色・紙の特徴を3つ挙げよう。
  3. 「明るく見せたい」と言われたら、何を確かめたいか質問を2つ書こう。

じぶんの考えを見つけよう

考えてみよう!

古い絵に、後の持ち主が付けた小さな書きこみがありました。消すか残すかを考える前に、何を知りたい?

考えるヒントを見る

作者の書きこみか、後の人のものか。作品を傷めているか、来歴の手がかりか。調べたいことを分けてみましょう。この場面は架空の例です。「後から付いたものは全部消す」とは決められません。

参考資料・さらに読む

おうちの方へ:お話のもとになった考え方を調べるための資料です(英語の資料を含みます)。身近な例や「考えてみよう」は、このサイトで作りました。

材料調査と環境管理はCaring for the paintings、ワックス・ワニスの除去と場所による洗浄の違いはThe Horse Fairの担当者の説明を参照しました。処置の記録は2006年の方針文書を参照しています。挿絵の美術館、層の模式図、比較と活動は本サイト独自の架空例です。

内容の誤りや出典についてのご指摘は、訂正窓口へお寄せください。